何もない日は何をしようか?。
2006年8月26日 日常何もない日は何をしようか?。
今日は何もない土曜日。本当は故郷で同窓会があるのだが、参加する友人も少ないようで、止めることにした。さーーて、何をするかと思案したあげく、過去数十年の不要書類を整理することに。今、ちょっくら来客中につき、中断している。来客と言っても、ほとんど山の神が応対するからぼくは我が書斎にこもり、刹那の時間を利用してこの文面をしたためている。
それにしても書類ってたまればたまるものだ。本来貧乏性の僕は、物が捨てられない。やはり、ばあさまの影響だろうか?。ばあさまの亡くなった後、押し入れを整理していたら、古い新聞から、古布までごちゃごちゃと出てきた。汗だくとなって整理したことを覚えている。ただ一つ、嬉しかったことは、あちこちの隅から、ビニール袋に入った小銭が、わんさと出てきたことだ。中には緑青をを帯びた奴もあった。「うんんん、さすがばあさん。几帳面だぜ」と、変なことに感動しながら片つけたものだ。
僕の場合は、書類をファイルして戸棚に並べている。ただ、10年以上も付き合いがないクライアントは、ほぼ縁がないクライアントである。ひょっとしたら?という思いが脳裏をかすめ、捨てられないでいるわけだ。その思いを今日は断ち切って、ファイルから書類をはずし、焼却処分することにした。うんんんいかんせん。じゃああファイルはどうする?。中にはきれいなファイルがある。それまで捨ててしまうのはもったいない。
ここで又、僕の貧乏性が出た。一応ファイルだけを集めて、その中から残すべきファイルを選択することにした。ゆうに百冊を超えているから選別も大変だ。この様子を見て山の神曰く。「あんた全部捨てなさいよ。残していても、まず使わないわよ」。この言葉には僕も少々、「カチン」ときたが、確かにそうなのかもしれない。ただ、僕の汗と涙がしみこんだ物を、こともなげに捨て去るのは気が引ける。要は山の神に内緒で残しておけばいいわけだ。
来客も帰ったよし。さあ、汗まみれになって僕の過去と決別しよう。
今日の一言だ。「仕事の第一歩は身の回りの整理から」「備えあれば憂いなしだが、貧乏性もほどほどに」である。
今日は何もない土曜日。本当は故郷で同窓会があるのだが、参加する友人も少ないようで、止めることにした。さーーて、何をするかと思案したあげく、過去数十年の不要書類を整理することに。今、ちょっくら来客中につき、中断している。来客と言っても、ほとんど山の神が応対するからぼくは我が書斎にこもり、刹那の時間を利用してこの文面をしたためている。
それにしても書類ってたまればたまるものだ。本来貧乏性の僕は、物が捨てられない。やはり、ばあさまの影響だろうか?。ばあさまの亡くなった後、押し入れを整理していたら、古い新聞から、古布までごちゃごちゃと出てきた。汗だくとなって整理したことを覚えている。ただ一つ、嬉しかったことは、あちこちの隅から、ビニール袋に入った小銭が、わんさと出てきたことだ。中には緑青をを帯びた奴もあった。「うんんん、さすがばあさん。几帳面だぜ」と、変なことに感動しながら片つけたものだ。
僕の場合は、書類をファイルして戸棚に並べている。ただ、10年以上も付き合いがないクライアントは、ほぼ縁がないクライアントである。ひょっとしたら?という思いが脳裏をかすめ、捨てられないでいるわけだ。その思いを今日は断ち切って、ファイルから書類をはずし、焼却処分することにした。うんんんいかんせん。じゃああファイルはどうする?。中にはきれいなファイルがある。それまで捨ててしまうのはもったいない。
ここで又、僕の貧乏性が出た。一応ファイルだけを集めて、その中から残すべきファイルを選択することにした。ゆうに百冊を超えているから選別も大変だ。この様子を見て山の神曰く。「あんた全部捨てなさいよ。残していても、まず使わないわよ」。この言葉には僕も少々、「カチン」ときたが、確かにそうなのかもしれない。ただ、僕の汗と涙がしみこんだ物を、こともなげに捨て去るのは気が引ける。要は山の神に内緒で残しておけばいいわけだ。
来客も帰ったよし。さあ、汗まみれになって僕の過去と決別しよう。
今日の一言だ。「仕事の第一歩は身の回りの整理から」「備えあれば憂いなしだが、貧乏性もほどほどに」である。
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