とうとう六月になった。今、家の周囲では麦刈りが終わり、切りカブだけが、豊作の面影を残して一面に並んでいる。「こりゃ碁盤みたいだぜ」と、ふと思った。そう、思ったのは、仕事の合間に、コンピューター囲碁を楽しんでいるがらだろう。もちろん、未熟な僕が黒石だ。

何とも、コンピューターの挨拶の音声が憎らしい。「お願いします。お先にどうぞ」ときた。「わかってますよ」と言って、一手を投じると、間髪を入れず打ち返してくる。そのタイミングの早さに僕はまた腹が立つ。「生意気な」と僕もすかさず打ち返すが、これが悪手なんだよなーーーー。どうも、機械の心理作戦にはめられているようだ。結果は自ずと見えている。僕の負けが濃厚。終局のとき、コンピューターがつぶやく。「パスします。勝ちました。」である。これにまた、腹が立つ。

僕も単細胞な男だ。「かっ」となって、即、画面を消去。本当は負けた局面を保存して、研究すれば少しは上達するのだろうが、まだ、隠居の身ではなく、そこまでの時間がない。所詮、遊びは遊びだ。気を取り直して、またの日に、再挑戦をすることになる。どうした弾みか、10回くらいのうち、1回程度、僕が勝つことがある。精神を集中して、たっぷり時間をかけて考えると、コンピューター人のねらいが見えてくる。そんな場合、いいところまでいく。まさか機械がいらいらすることもないだろうし。僕が勝ったときは、そく保存と行きたいところだが、あえて、そうしない。相手がコンピューター人とはいえ、僕も一応、敬意を表しているわけだ。

麦刈りの話が囲碁の話になってしまった。元に戻ろう。やがて、田んぼは耕されて水が引かれる。水田にはやがわりだ。早苗が植えられ、雨風にも負けず、すくすくと苗が成長していく。そんな様を眺めるのは楽しいものである。

そうそう、僕のかわいい朝顔ちゃんも、日ごとに蔓をのばしている。毎日、おいしい水を飲ませて、立派に成長することを願っている僕の期待を裏切らない。美しい花を咲かせたら、僕のたらこのような唇で、キスをしてあげたいと思っている。朝顔もますます赤みをまして、照れることだろう。

忙しさの中で今ひとつ、僕が興味を持っていることは、宇宙論についてである。宇宙の起源について、ビッグバン宇宙論と定常宇宙論の二つが大きな柱になっているようだ。爆発によって生じたのか?。もともと論理的に存在することに矛盾がなから存在しているのか?。門外漢の僕にとっては、そのどちらでもよい。ただ、この地球にはいつくばって、星空を眺めては、ため息をついている僕としては、何らかの夢のある大発見をこの宇宙に期待しているわけだ。人任せじゃーー情けないが、文系的な僕の頭では、無理なようだ。この話はまた、おいおいすることにして、仕事に戻るか。

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