昨夜は、10日ぶりに夜の町へ繰り出した。時は7時。「今日はいい事がありそう?」と、はやる心を押さえながら、小料理屋の暖簾をくぐった。「梓」という行きつけの店である。なんでも、娘の名前を屋号にしたそうな。店の宣伝にもなろうから、屋号をオープンにしたが、きっとママさんも許してくれるだろう。

僕は、にんまり笑いながら、トレードマークのハット(笑うセールスマンがかぶっているようなやつ)を、右手で止まり木の枝へ「ぽい」と投げかけた。「すっぽり」と決まった。すでに手配済みの相棒はまだ来ていない。顔見知りの客が2名いた。僕は奧から2番目の椅子に陣取る。カウンターの椅子は6個しかないので、相棒の為に気を利かしたわけだ。

椅子に座るやいなや、ママが白い歯をのぞかせながら、「○○歳の誕生日おめでとう。はいこれプレゼントよ」と、リボンをかけた焼酎の一升瓶をカウンターに置いた。「ええっつ!!」と僕の目は白黒。ママ曰く。「キープの残量が少なくなっているので、これプレゼントよ。いいでしょ」と。いいも悪いもない。願ったりかなったりである。最高のプレゼントだ。さらに、追い打ちをかけるように、「まだあるのよ」とママは言って、冷えたシャンペーンの栓を抜いて、客と一緒に祝ってくれた。僕はママと客に「ありがとうございます」と言って、一気にシャンペーンを飲み干した。ゲップと共に胸からこみ上げるものが・・・・・。こういうのが苦手なんだよなあーーーー。

今日は大盤振る舞いだ。ママのことを褒めちぎり、述べてみよう。
ママは小柄な中肉の女性である。顔は目鼻立ちの整った美形。いや、かわいいと言ったほうが当たっているかもしれない。前髪を少々垂らしているが、後頭部はタマネギのように髪を丸めて、かんざしを挿している。「このかんざし、いいでしょう」と言って、時々、差しなおしたりしている。身を乗り出すと、「ザクリ」とやられそうで、危なくてしようがない。これは冗談だ。となれば、服装は自ずと和服。「2着しか持っていないのよ」というが、真実は不明。上手に着こなした和服の上から、割烹着みたいな物を羽織っている。水がかかったらいけないので、腕まくりをしている。さすがに仇討ち姿のように、たすきはかけていない。そこまで行けばやりすぎか?。はりきり女将と言った感じがぴったりだろう。

この店にカラオケはない。狭い座敷とカウンターだ。ここでカラオケを歌えば近所迷惑というもの。てなわけで、いつもBGMがかかっている。フォークソングやポップス系ばかりである。小料理屋と言えば演歌が定番だが、フォークソングを聴きながら焼酎を飲むのも乙なもの。何故にフォークソングかと言えば、ママさんは高校時代、フォークソング部に属し、ヴォーカルをやっていたそうだ。「なるほど、そうか」とうなずける。いつの間にか、客もフォークソングやポップスに慣らされてしまい、何の違和感も感じていないようだ。僕はもともと、フォークソングが好きだから、当初から歓迎だった。

一度だけ、マイクを通してママの歌を聴いたことがある。確か、「サトウキビ畑」という反戦歌だった。森山良子さんが歌っていたっけ。「ざわわ、ざわわ、ざわわーーー、サトウキビ畑の、ざわわ、ざわわ、ざわわー・・・・」。いやああ、お見事。座蒲団5枚ってところか。そう言って笑ったことだ。

はりきりママのもう一つの特技は英会話だろう。週一回、キューバの近くの小さな國からやってきている英語の先生について、英会話を習っている。カウンター横の座敷にはいつも、会話の教材やら辞書が置いてある。客がまだ来ていないときは座敷にちょこんと、お雛さんみたいに座り、英会話や、先生とやりとりしている交換日記らしきレターを読んだり、書いたりしている。いやはや、多才なスーパーウーマンだぜ。

早い時間、と言っても六時過ぎだが、そんな時間に店へ行き、誰も客がいない時、僕が下手な英語で話しかけると、「にこっ」と笑い、英語で返してくる。意地悪をして僕が知っている難しい単語の英訳を質問すると、「うんんん・・・」とうなりながら、「待って、待って」と言い、座敷のテーブルの下から、電子辞書みたいな物を持ち出して、そく検索を始める。そんな時、僕は子供じみているが、「勝ったぜ」と思う。負けず嫌いのママも、さるものひっかくものだ。即、反撃をしてくる。僕が格好の餌食となる番だ。「好きこそ物の上手けり。継続は力なり」と言うが、まさにそれに徹していることが素晴らしい。

最後に、もう一つママのことをほめておこう。客商売なら当然と言えば当然かもしれないが、帰り際、暖簾の外まで出てきて、姿が見えなくなるまで手を振っていることだ。相棒とタクシーに乗り、僕たちも最初の一振りはタクシーの中からするが、しばらく走って後ろを振り返ると、まだ手を振っている。僕たちも慌てて、手をふり直す。最近は、振り向いて手を振るのも未練がましいので、前を向いたまま、後ろ手を振ったりしている。車の中で相棒とよく話しているが、商売繁盛の秘訣はこういう面にもあるのだろう。

話が長くなった。僕は相棒を待ちながら、ママ手作りのコロッケとやらを食べた。「今、揚げたてよ」と言って二個、皿に盛ってくれた。僕はどうもジャガイモをつぶしてこしらえたコロッケは好きではないが、ママのコロッケは、カボチャと挽肉入りのコロッケだった。いやああ、このコロッケの旨かったこと。僕はお代わりして、四コもたいらげた。相棒が来るやいなや、僕は即、コロッケを勧めた。カボチャ入りとは知らず、相棒は一瞬眉を曇らせたが、僕の強引な勧めで箸をつけた。「旨い」の連発。さもありなん。ママも大喜び。ザルに盛り上げたコロッケもほどなく完売したよし。めでたし。めでたしだ。
その後、僕たちは、イカとしめさばと鯛の刺身に舌鼓をうち、キープしていた焼酎の残量消化に邁進。プレゼント焼酎の封切りまでには至らなかった。ママ曰く。「これは次回にね」と。僕は素直に「はい」と応えた。

まあ、こんな調子で、年一回の大プレゼントに気を良くした僕はすっかり酩酊。「柳の下にドジョウがいるかもしれない」と、浅はかな夢をみつつ、次なる店へ相棒と赴いたよし。ドジョウがいたかいなかったかは、ここで述べることは止めておこう。ただ、今朝は頭がガンガンで、9時半の行事場所で、アルコールが漂っていたらしい。羽目を外すのもほどほどにせにゃなるまいて。それでも、嬉しい一夜であった。

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