母屋へ行くと、方丈様が我々のために朝食の準備をなされていた。「こりゃあーーまずい」と僕たちもお手伝いし、方丈様をまじえ、朝食をとりながらにこやかに会話が弾んだ。今日の日程に話しが及ぶと、方丈様より建築中の多目的ジャズホールの開店が明後日なので、今日は前、前夜祭に我々を招待するとのこと。願ってもない幸運に出くわした。午後の3時に日本人街で待ち合わせることになった。

「それじゃーー今日はみんなで日本人街へいくかあーーー」とスネ夫君が提案。皆大喜び。初めて五人そろっての町探索だ。僕たちは電車とバスに乗って日本人街らしき一角へ降り立った。日本人街はチャイナタウンに比べるとかなり小さく、ワンブロックの中に押し込められたようにたたずんでいた。日本語で書かれた看板が目立つ。確かに、日本にいる感じである。

中心の広場を挟んで食堂街と商店街が向かい合っていた。僕たちは、まずは腹ごしらえと、食堂街へと赴いた。「うどん」が食べたかったので、店を探すと、すぐ目の前にあった。「ここにすべー」と中にはいると、日本人らしきウエイトレスさんが注文を取りにやってきたが、日本人ではなかった。やはりここは外国なのだ。

メニューは日本語で書かれていたが、料金はドル表示。丸を二つ足すとほぼ日本円になる。かなり安い。僕たちはビールを頼み、あとはめいめい好きな麺類を注文した。僕は シンプルな「卵うどん」を注文。程なく運ばれてきたが、いやああーーーー量が多い。「すべてがラージだぜ」と皆、笑いあった。

小用を足すべくレスト・ルームの位置を尋ねると、なんと、帰ってきた言葉は、「となりの店へ行ってください」との事。隣の店へ行くと、既に使用許諾がなされているのか、快く使わせてくれた。もち、帰り際、「サンキュー」の一言をウエイトレスさんに述べた。この辺が大事なんだよなあーー。

ただ、ここでも感じたことだが、店内はこぎれいでも、レスト・ルームは片隅の一角へ追いやられ、中は狭く小汚なかった。日本とはまるで逆だ。何を大事にするかという価値観の相違なのかもしれない。

待ち合わせの時間にはまだ二時間ばかりあった。僕たちは町中を見学した。日本の食材が大量に置かれたスーパーがあった。いやあーーー、中に置かれている商品のでかいこと。のび太君はすかさず、そのでかい商品群をカメラに収めた。どこかの店のスパイだと疑われることもなかったので幸いだ。沖縄から出店している人や、日本の都会から来ていたおばさん達と出会った。「まあ、そうなの、おほほほ・・・・」と、よくしゃべる元気なおばさんだった。日本語が通じることに僕たちは一種の安堵感を覚えた。

約束の時間が迫ってきた。この町にあるお寺が待ち合わせの場所だった。「コンコン」と大きな扉をノックすると、頭を丸めた若い日本の僧侶が僕たちを出迎え、茶を出してくれた。こちちらへ来てまだ五年目だそうだ。いやああ立派な寺である。日本の仏教がこういうところでも、息づいていることを嬉しく思った。

しばらくして方丈様がやってきた。僕たちは二台の車に分乗し、開店2日前という多目的ジャズホールの現場へと向かった。

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