からっと晴れたことがない最近の空。黒雲のあいだから、かすかに青空が顔を見せる。僕は雷を気にしながら、相変わらず野良仕事と、事務仕事に精を出している。
家の周りでは、水田と減反政策で大豆を植える畑地が交互に存在し、奇妙というか、変わった風景を醸し出している。出来れば周囲一面が水田であって欲しいと思う。なぜなら、猛暑の中にあって、涼しそうに揺らいでいる早苗の緑が目に優しいし、日ごとに成長していく姿に感動を覚えるからだ。
と言いつつ、この僕は敷地周りの緑の雑草たちを、「火炎草刈機で一網打尽にしてやるぞ」と息巻いている。この神経はいかがなものだろうか?。環境美化のためだということで、自分を納得させるしかないか?。
今朝「蛇」を見た。「地震、台風、雷、火事、親父、蛇」。僕が滅法、怖がっているものの一つだ。今朝見た蛇は、そう大きくなかった。僕の「おおーーつ」という声に驚いたのか、さっと、茂みの中へ消えた。まあ、蛇も悪化した昨今の自然環境の中で必至に生きているわけだ。共存共栄は大いに結構だが僕の目に触れない所で頑張って生きて欲しいと願うだけだ。
そう言えば、最近、目に触れるものがあまりにも多すぎるような気がする。世界中のいろんな出来事が一瞬のうちに、映像と活字で目に入る。情報過多と叫ばれて久しいが、正直、辟易することがある。真実が見えないことが多い。「判断はご自由に」と言うことかも知れないが・・・・。
ふと思った。伝達手段が手紙くらいしかない時代に生きていても、それはそれなりに結構幸せではないかと。源氏物語ではないが、歌で恋をつづることも出来る。「いとおかし」である。かの名文、「一筆啓上 火の用心。おせん泣かすな。馬肥やせ」。こういう手紙が書けたらすばらしい。いまや、絵文字入りでメールが携帯に送られてくるが、どうも味気ない。味よりも、スピーディーな情報伝達が大事なのだ。もちろん僕もその恩恵にあずかっているから、大それた事は言えないが、いかに情報を捨てるかということも僕のテリトリーの一つとして考えていきたい。
おっと。雷が「ごろごろ」と鳴った。たとえ、おばあさんであっても、その場にいたら、僕はそのボディーを目指して飛びつくだろう。「坊や、心配ないのよ」という一言が欲しいのだろう。それもかなわなければ、明かりを消して、押し入れにうずくまるしかない。「とっちゃん坊や」と言われる由縁か。
家の周りでは、水田と減反政策で大豆を植える畑地が交互に存在し、奇妙というか、変わった風景を醸し出している。出来れば周囲一面が水田であって欲しいと思う。なぜなら、猛暑の中にあって、涼しそうに揺らいでいる早苗の緑が目に優しいし、日ごとに成長していく姿に感動を覚えるからだ。
と言いつつ、この僕は敷地周りの緑の雑草たちを、「火炎草刈機で一網打尽にしてやるぞ」と息巻いている。この神経はいかがなものだろうか?。環境美化のためだということで、自分を納得させるしかないか?。
今朝「蛇」を見た。「地震、台風、雷、火事、親父、蛇」。僕が滅法、怖がっているものの一つだ。今朝見た蛇は、そう大きくなかった。僕の「おおーーつ」という声に驚いたのか、さっと、茂みの中へ消えた。まあ、蛇も悪化した昨今の自然環境の中で必至に生きているわけだ。共存共栄は大いに結構だが僕の目に触れない所で頑張って生きて欲しいと願うだけだ。
そう言えば、最近、目に触れるものがあまりにも多すぎるような気がする。世界中のいろんな出来事が一瞬のうちに、映像と活字で目に入る。情報過多と叫ばれて久しいが、正直、辟易することがある。真実が見えないことが多い。「判断はご自由に」と言うことかも知れないが・・・・。
ふと思った。伝達手段が手紙くらいしかない時代に生きていても、それはそれなりに結構幸せではないかと。源氏物語ではないが、歌で恋をつづることも出来る。「いとおかし」である。かの名文、「一筆啓上 火の用心。おせん泣かすな。馬肥やせ」。こういう手紙が書けたらすばらしい。いまや、絵文字入りでメールが携帯に送られてくるが、どうも味気ない。味よりも、スピーディーな情報伝達が大事なのだ。もちろん僕もその恩恵にあずかっているから、大それた事は言えないが、いかに情報を捨てるかということも僕のテリトリーの一つとして考えていきたい。
おっと。雷が「ごろごろ」と鳴った。たとえ、おばあさんであっても、その場にいたら、僕はそのボディーを目指して飛びつくだろう。「坊や、心配ないのよ」という一言が欲しいのだろう。それもかなわなければ、明かりを消して、押し入れにうずくまるしかない。「とっちゃん坊や」と言われる由縁か。
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