とっちゃん坊や達の旅、第二弾。
2010年8月24日 日常 朝夕は、ちょっとばかり、暑さが和らいだようだ。いい傾向だ。それに引き替え、昼間の暑さは、一体何だ。筆舌に尽くしがたい。未曾有の暑さだ。論外だ。他に言葉はなかったかな?。
そうは言うものの、先日、考古学者である吉村先生の話が印象に残っている。「30度、40度なんて、屁でもない。エジプトで発掘やっていると、50度なんて、日常茶飯事ですよ」と。いやあ、びっくりだ。やはり、体験した人でないと、そういう言葉も出ないだろう。
ただ、日本列島も温帯気候から亜熱帯気候へと変わりつつあると叫ばれて久しい。いや、もう既に亜熱帯気候の範疇に入っているかもしれない。我々も遠からず、亜熱帯気候を何の不思議もなく受け入れる日が来るだろう。良しにつけ悪しきにつけ、順応とは恐ろしいものだ。
そんなことを考えながら、僕は汗をかきかき、仕事にいそしんでいる。こんなに集中して仕事をするのも珍しい。何となれば、むんむんする夜の町を闊歩するより、部屋でのんびりと仕事をしている方がましだと思っているからだ。時折、椅子にもたれ、赤ら顔をさらけだし、スナックで歌っている姿を思い出しながら、ニヤニヤ笑いをしてはいるが。
そうそう、今年は「とっちゃっん坊や」達の第二回目の旅が決まった。前回と同様、5人の仲間(のび太君、夜泣き爺さん、ドラえもん、ネズミ男君、ジャイアン)で5泊6日が計画された。老い先長きか?短きかはしらないが、未だに独身を謳歌している?、ネズミ男君のたっての提案を、リーダー、ドラえもん君が資料収集を行い、我々仲間に披露。皆、一つ返事で快諾。遊び事のまとまりは早い。皆の心は、行けるときに行かなくちゃあーー、後がないという思いである。
それは良いが、窓口は、僕、ジャイアンの役割。事務処理が少々、得意というのも考えものだ。人任せが一番楽なんだが、やむを得まい。数ヶ月後に実行の運びとなる。またもや、はちゃめちゃな旅になる予感。
僕は旅に出て、何を思うだろうか?。地球の広大さ。自然の豊かさ、人々の生活、繁栄と貧困、人々のたくましさと優しさ、喜びと悲しみ、人間の英知のすばらしさ、戦争の爪痕、日本、故郷、父、母、兄弟、僕をとりまく社会・・・。最後に行き着くところは何だろう?。多分、「生」への畏敬の念かもしれない。今、自分が生きているということ、そのことの尊さ。四苦が「生老病死」であるならば、旅はその四苦をも超越させうる力を持っているような気がする。
ネズミ男君が、酔った席でよく言う。「雨降る故郷、はだしで歩く」。これだよなあーーー。この気持ちは旅をした人でなければ分からないだろう。とりもなおさず、旅の道中では、皆、はちゃめちゃなことばかりやっているが、思うところは皆一緒に違いない。
後半の文章は観念論的になったが、要は悔いのない生を全うし、宇宙に帰って行ければ幸いだ。
そうは言うものの、先日、考古学者である吉村先生の話が印象に残っている。「30度、40度なんて、屁でもない。エジプトで発掘やっていると、50度なんて、日常茶飯事ですよ」と。いやあ、びっくりだ。やはり、体験した人でないと、そういう言葉も出ないだろう。
ただ、日本列島も温帯気候から亜熱帯気候へと変わりつつあると叫ばれて久しい。いや、もう既に亜熱帯気候の範疇に入っているかもしれない。我々も遠からず、亜熱帯気候を何の不思議もなく受け入れる日が来るだろう。良しにつけ悪しきにつけ、順応とは恐ろしいものだ。
そんなことを考えながら、僕は汗をかきかき、仕事にいそしんでいる。こんなに集中して仕事をするのも珍しい。何となれば、むんむんする夜の町を闊歩するより、部屋でのんびりと仕事をしている方がましだと思っているからだ。時折、椅子にもたれ、赤ら顔をさらけだし、スナックで歌っている姿を思い出しながら、ニヤニヤ笑いをしてはいるが。
そうそう、今年は「とっちゃっん坊や」達の第二回目の旅が決まった。前回と同様、5人の仲間(のび太君、夜泣き爺さん、ドラえもん、ネズミ男君、ジャイアン)で5泊6日が計画された。老い先長きか?短きかはしらないが、未だに独身を謳歌している?、ネズミ男君のたっての提案を、リーダー、ドラえもん君が資料収集を行い、我々仲間に披露。皆、一つ返事で快諾。遊び事のまとまりは早い。皆の心は、行けるときに行かなくちゃあーー、後がないという思いである。
それは良いが、窓口は、僕、ジャイアンの役割。事務処理が少々、得意というのも考えものだ。人任せが一番楽なんだが、やむを得まい。数ヶ月後に実行の運びとなる。またもや、はちゃめちゃな旅になる予感。
僕は旅に出て、何を思うだろうか?。地球の広大さ。自然の豊かさ、人々の生活、繁栄と貧困、人々のたくましさと優しさ、喜びと悲しみ、人間の英知のすばらしさ、戦争の爪痕、日本、故郷、父、母、兄弟、僕をとりまく社会・・・。最後に行き着くところは何だろう?。多分、「生」への畏敬の念かもしれない。今、自分が生きているということ、そのことの尊さ。四苦が「生老病死」であるならば、旅はその四苦をも超越させうる力を持っているような気がする。
ネズミ男君が、酔った席でよく言う。「雨降る故郷、はだしで歩く」。これだよなあーーー。この気持ちは旅をした人でなければ分からないだろう。とりもなおさず、旅の道中では、皆、はちゃめちゃなことばかりやっているが、思うところは皆一緒に違いない。
後半の文章は観念論的になったが、要は悔いのない生を全うし、宇宙に帰って行ければ幸いだ。
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