信号のない街中をマイクロバスは車線変更しながら矢のように走る。軽自動車やバイク、自転車の類はほとんど走っていない。普通乗用車、乗り合いバスやタクシーばかりである。車を所有していることは当地では中流階級以上の人たちだそうな。人口600万人を抱えたこの都会。車を所有することが一つの目標なのだ。それにしても、車が多い。経済発展を遂げている国だと、あらためて痛感した。
子供もを抱えた女性が信号のない道路の真ん中に立っている。「あれっ、どうしたのかなあーーー?危ないぜ」と思っていると、車の間隙をぬって、平然と道路を横断した。「わおーーーつ。怖いっ」。あちこち見回すと、現地の人たちは、皆、堂々と車が行きかう道路を横断しているではないか。これには驚いた。「おいどん達には出来まっせんばい」と、ねずみ男君がいう。ごもっとも。しかりだ。信号機や横断歩道のない当地では、これがルールなのだろう。日本では「横断歩道は手を挙げて渡りましょう」が常套文句。大変なところへ来たもんだ。
ひとしきり、街中の名所、建築物等を案内人が紹介する。出窓がない高層マンションやビルが、にょきにょきと天に向かってそびえたっている。また、あちこちで建築ラッシュ。住宅事情は必ずしも良くないようだ。廃ビルになっているところも多々見かけた。思ったことよ。「僕はこんな都会には住みたくないなあーー。のんびりした田舎がお似合いだぜ。かつ、地震のないところに」と。当地はほとんど地震がないらしい。したがって、電柱がなく、電線は地中埋め込みとのこと。この点は評価できる。
街中の散策が終わり、夕食タイムだ。腹は減っていないが、まあ、仕方なかっぺ。とある飯点へ案内された。個室の扉を開くと、そこには大きな丸テーブルがあり、椅子は12個。なるほど。ここで全員、顔を見合わせながら食事か?。照れるぜえ・・・。僕たちは奥まったところに5人並んで腰かけた。
大きな皿にもられた料理が運ばれてきた。内側のテーブルを回しながら、わが皿に料理を取りわけ、順に回していく。定番の方式だ。僕たちはすかさず、当地のビールを5本所望した。これはオプションだから自腹を切らねばばならない。ほかの7人の仲間たちは、われらの様子を「じっーーと」傍観していた。グラスに注ぎ、乾杯した。「まずい。これビールなの?。アルコール分何パーセントなの?。飲めたものじゃあないなあーーー。」など、不満を述べながらも、あっというまに、5本が飲みほされた。皆、のどが渇いていたと見える。他の7人のメンバーたちは、「しらぬ、存ぜず」で、黙々と料理をついばんでいた。
ここで、太っ腹のジャイアンの出番だ。「ワインを飲もうぜ。銭は僕が出す」と言うと、皆、異論はなし。それもそうだろう。腹は痛まないからなあーー。注文してしばらくすると、倉庫の奥に寝かしてあったのか、古びたボトルが1本運ばれてきた。スネ夫君が開栓し、皆のグラスに注いだ。再び乾杯し、口に流し込んだ。「なんだ、こりやあーーー。ま、ま。まずい」。なまぬるく、表現しがたい味だった。それでも、注ぎあいながら、瞬く間に、ボトルはそこを突いた。要するに、アルコールと称すべきものを飲めりゃーーーいいわけだ。
その間、料理がどんどん運ばれてきた。皆、忘れず、わが取り分だけは器用に皿に取り分けていた。料理も終盤にかかると、不思議な現象が。いつも一個、余るのだ。のび太君が「だれか、食べていない人、いませんかあーーー」と、言うと、返事がない。ぐるっとまわりを見回すと、一休さんの取り皿がきれいなまま。「ありゃーー、あんた食べていないんじゃない?」と、ねずみ男君が言うと、「おいら断食中なんだ」と言う。「早く、言ってほしいぜ」と、スネ夫君が即、「大河の一滴」じゃあない。最後の1個を自分の口のなかへ放り込んだ。やれやれだぜ。
一夜目の食事が終わった。これからホテルへ向かい、しばらくしてから、オプションのツアーがあるという。夜景展望と屋台の散策だ。僕たち、とっちゃん坊や達は、全員参加することに決定。まずは、ホテルに到着することが先決。いかなるホテルが我々を待っているのか?。期待と不安が交錯した。不安と言えば、いつぞやのホテルでは、寝具が湿っぽいし、トイレットペーパーも予備がなく、水洗トイレの尻洗い機は、水圧が強く、栓をひねると、天井まで水が噴射し、大事な穴を痛め、腸まで水が届く始末。ちょっと、大げさだがこれは、ねずみ男君の体験話だ。
子供もを抱えた女性が信号のない道路の真ん中に立っている。「あれっ、どうしたのかなあーーー?危ないぜ」と思っていると、車の間隙をぬって、平然と道路を横断した。「わおーーーつ。怖いっ」。あちこち見回すと、現地の人たちは、皆、堂々と車が行きかう道路を横断しているではないか。これには驚いた。「おいどん達には出来まっせんばい」と、ねずみ男君がいう。ごもっとも。しかりだ。信号機や横断歩道のない当地では、これがルールなのだろう。日本では「横断歩道は手を挙げて渡りましょう」が常套文句。大変なところへ来たもんだ。
ひとしきり、街中の名所、建築物等を案内人が紹介する。出窓がない高層マンションやビルが、にょきにょきと天に向かってそびえたっている。また、あちこちで建築ラッシュ。住宅事情は必ずしも良くないようだ。廃ビルになっているところも多々見かけた。思ったことよ。「僕はこんな都会には住みたくないなあーー。のんびりした田舎がお似合いだぜ。かつ、地震のないところに」と。当地はほとんど地震がないらしい。したがって、電柱がなく、電線は地中埋め込みとのこと。この点は評価できる。
街中の散策が終わり、夕食タイムだ。腹は減っていないが、まあ、仕方なかっぺ。とある飯点へ案内された。個室の扉を開くと、そこには大きな丸テーブルがあり、椅子は12個。なるほど。ここで全員、顔を見合わせながら食事か?。照れるぜえ・・・。僕たちは奥まったところに5人並んで腰かけた。
大きな皿にもられた料理が運ばれてきた。内側のテーブルを回しながら、わが皿に料理を取りわけ、順に回していく。定番の方式だ。僕たちはすかさず、当地のビールを5本所望した。これはオプションだから自腹を切らねばばならない。ほかの7人の仲間たちは、われらの様子を「じっーーと」傍観していた。グラスに注ぎ、乾杯した。「まずい。これビールなの?。アルコール分何パーセントなの?。飲めたものじゃあないなあーーー。」など、不満を述べながらも、あっというまに、5本が飲みほされた。皆、のどが渇いていたと見える。他の7人のメンバーたちは、「しらぬ、存ぜず」で、黙々と料理をついばんでいた。
ここで、太っ腹のジャイアンの出番だ。「ワインを飲もうぜ。銭は僕が出す」と言うと、皆、異論はなし。それもそうだろう。腹は痛まないからなあーー。注文してしばらくすると、倉庫の奥に寝かしてあったのか、古びたボトルが1本運ばれてきた。スネ夫君が開栓し、皆のグラスに注いだ。再び乾杯し、口に流し込んだ。「なんだ、こりやあーーー。ま、ま。まずい」。なまぬるく、表現しがたい味だった。それでも、注ぎあいながら、瞬く間に、ボトルはそこを突いた。要するに、アルコールと称すべきものを飲めりゃーーーいいわけだ。
その間、料理がどんどん運ばれてきた。皆、忘れず、わが取り分だけは器用に皿に取り分けていた。料理も終盤にかかると、不思議な現象が。いつも一個、余るのだ。のび太君が「だれか、食べていない人、いませんかあーーー」と、言うと、返事がない。ぐるっとまわりを見回すと、一休さんの取り皿がきれいなまま。「ありゃーー、あんた食べていないんじゃない?」と、ねずみ男君が言うと、「おいら断食中なんだ」と言う。「早く、言ってほしいぜ」と、スネ夫君が即、「大河の一滴」じゃあない。最後の1個を自分の口のなかへ放り込んだ。やれやれだぜ。
一夜目の食事が終わった。これからホテルへ向かい、しばらくしてから、オプションのツアーがあるという。夜景展望と屋台の散策だ。僕たち、とっちゃん坊や達は、全員参加することに決定。まずは、ホテルに到着することが先決。いかなるホテルが我々を待っているのか?。期待と不安が交錯した。不安と言えば、いつぞやのホテルでは、寝具が湿っぽいし、トイレットペーパーも予備がなく、水洗トイレの尻洗い機は、水圧が強く、栓をひねると、天井まで水が噴射し、大事な穴を痛め、腸まで水が届く始末。ちょっと、大げさだがこれは、ねずみ男君の体験話だ。
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