高速を降りた。母が入所している施設まで4~5分だ。ちょっと見ぬまに、故郷の地は大きく様変わりしていた。それでも懐かしさが込み上げてくる。故郷とはそういうものだろう。施設の門をくぐり、受付簿に名前を記入し、母の部屋へ赴いた。

「おやっ」、母がいない。と、そこへ、職員さんがやってきて、「今ホールにおられますよ。呼んできますね」と言って、車いすの母を連れてきてくれた。「あら、純ちゃんかい」と言って、にこっと笑ってくれた。僕の顔を忘れないでいてくれた事が嬉しい。幾分か痩せていたが、まだ大丈夫のようだ。

部屋で、衣類や土産の菓子を差し出すと、「今、菓子を食べたい」という。本来、食べ物類の持ち込みは厳禁なのだが、無性に食べたい時もあるらしい。僕は箱を開けて、フルーツジェリーみたいな物を差し出した。おいしそうに食べていた。

母がおもむろに袋の中から、気に入った菓子類を選別し、「引き出しの中へしまって」と言う。職員さん達にみつかるとまずいのだろう。言われるままに、いくつかの菓子をしまった。お腹も落ち着いたのだろう。僕の顔をしげしげと眺めて、「あんた、父ちゃんの顔に似てきたねえー」と言う。そりゃーー親子だから似るのも当然だ。僕に言わせれば、弟が一番、父に似ている。母に似ているのは兄である。となると、次男坊の僕は両方似ということになるか?。次男坊はなにかにつけ、冷や飯を食ってきたが、顔だけは父母から半分ずつもらったようだ。

小一時間ばかり話して、「明日、また来るから」と言って、母の部屋を出た。元気だったので安心した。まずはホテルへのチェックインだ。ネットで予約していたので、スムーズに部屋がとれた。一泊の素泊まりだから、格安の料金だ。もち、朝食有り。

部屋でひとくつろぎの後、級友の一人を迎えに行った。車で20分の距離だ。彼の母は昨年亡くなり、つい最近、一周忌を終えたばかり。長男として、ずっと母の面倒を見てきたので、さぞ、つらかったことだろう。

彼の職業は画家である。自宅の一部を画廊として解放しており、絵画教室なんかもやっている。5~6歳、年上の妻がいる。彼女も画家である。絵がとりもった夫婦というわけだ。お互いに喧々がくがくしながら絵を描いている由。うらやましい限りだ。

一度、僕が住む地で夫婦展をやったことがある。好評だった。友人として僕は女房の油絵を一点買った。本当は彼の水彩画を買って欲しかったのだろう。「絵の中に、おまえが登場しているよ。おまえがモデルなんだよ」と、しきりに言う。よく見ると、確かに僕らしき猫背の男が帽子をかぶって立っている。僕は「うんんん」としばらく考えたが、本当にモデルが僕なのかどうかは分からない。「また、いつの日か」と言って、女房の絵のみにとどめた。

彼の画廊で、茶を飲みながら絵を見て回った。50号の絵を含め、数十点が掲げられていた。大半は女房の油絵である。所々に、ポツン、ポツンと彼の水彩画があった。総じて彼の絵は青や黒を基調としていて暗いが、女房の絵は赤やピンク、黄色、白を基調としていて明るかった。これも性格の表れか?。いずこの家庭もそうかも知れないが、「女房、強し」って感じだ。

そういえば、高校時代、僕たちは暗かった。男女半々だったが、ほとんど、女性達と口を聞いたこともなく、ただひたすら本とにらめっこだ。同時に、居眠りにあけくれた。ほのかな恋もかき消された。受験という重圧がそれを許さなかったからだ。今思えば笑い話だが、ああーー、はかない青春。卒業時にボタンをちぎって、青空へ放り投げることもなく、ほころびかけた制服を「じっ」と眺めるだけ。

おっと、恩師の喜寿祝いと級友会の前に、感傷に浸るのは止めよう。前置きばかりが長くなり、まだ本命の話までたどり着かない。次編に譲ろう。







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